先生のプロフィルですが、キャノングローバル戦略研究所の主任研究員です。また、北海道大学の公共政策学研究センターの上席研究員でもいらっしゃいます。先生の研究テーマは数多くありますが、特に米中安全保障政策と政策シミュレーション(模擬演習)に集中していらっしゃいます。

 また、中国の習近平国家主席のイデオロギーに影響を及ぼした劉明福国防大学教授が書いた「中国の夢」という本を中国語から日本語に翻訳しました。こういった研究と経験に踏まえて深い洞察力で知られていらっしゃいます。2月にThe Japan Lensで峯村先生の「海上封鎖シナリオ」を紹介しました。

24年6月13日に行われた先生とのインタビューです。インタビューのPart 1は00:00〜26:23までです。

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(カファト): 今年の2月の「文藝春秋」に台湾の『2025海上封鎖』シナリオ」という記事をお書きになりました。中国がグレーゾーン戦術によって台湾と強制的に統一する、というシナリオについて説明されました。あれから半年弱が経っていますが、中国と台湾の関係に注目すべき変更がありましたか。状況はどうなっていますか。

(峯村): 変更はゼロです。私が描いたシナリオは予測通りにリアルな世界で現実のものとなっています。「文藝春秋」に発表したのは一部のものですが、もっと細かいシナリオは実は作っています。大きなポイントで言うと、中国政府は軍の船ではなく、政府の船で海上臨検を行い始めています。要するに、台湾が自分の領土であるという「一つの中国の原則」に基づいて法律執行を行なっています。それが始まったのが2月19日でした。その日に台湾の遊覧船に対して中国海警局の船が海上臨検をしました。これをきっかけにこれからもどんどん海警局の船がパトロールの範囲を拡大しています。

 続いて、頼清徳氏が台湾の総統に就任して2日後で中国が台湾の周辺で大規模な演習をやりました。中国の軍艦だけではなくて、海警局の船が台湾海峡と台湾の東側にもパトロールをしました。まさに私のシミュレーションが現実の世界で展開されているのです。

(カファト): 米軍は中国との競争や紛争などについて考える時、あまりにも「空母や駆逐艦は何隻?」など、アセット比較を重視する傾向があります。で、中国軍がまだ米軍にまさることができず、直接な衝突を回避したい、と「中国の夢」に書かれているようです。でしたら中国が台湾に対して「非戦闘型」のグレーゾーン術で動くつもりのであれば、米国はそれを防止するために何ができると思いますか。

(峯村): 私はアメリカと中国の専門家で、ほぼ同じ期間、両国に滞在して研究してきました。アメリカ人でも中国人でもない第三者からみると、アメリカと中国は全くわかりあえない国であると感じます。このグレーゾーンというのは最近アメリカでもようやく注目するようになりました。なんですが、アメリカは世界最強の軍を持っています。特にアメリカの軍人は白か黒かはっきりさせたい人が多いです。米国で私がこのシナリオを説明すると、なかなかアメリカの人たちは「そういう曖昧なシナリオじゃなくて、もっとミサイルの話しよう」など言われます。

「死傷者を出さない形で中国を統一するんだ」と。

峯村健司教授

 一方、中国はどうでしょう。まさにグレーゾーンで、特に孫子の兵法の「戦わず勝つ」という考え方が基本にあります。中国人は2000年以上かけて練ってきている手法と言っていいでしょう。なのでアメリカのようにパワー、つまり軍事力で敵を圧倒するやり方とは対照的に、中国はいかにうまく知恵を持って戦って、できるだけ犠牲を少なくしてやろうかというふうに考える傾向があります。

 そこで、習近平のブレーンである劉明福氏が書いた二つの本は「中国の夢」と「中国強軍の夢」です。後者は2020年に中国で出されて、原文は60万字ありましたが、中国政府の検閲で多くが削除されてしまい、23万字分だけの出版が許されました。私はその削除された部分を全て入手して日本語に翻訳し、出版しました。削除部分に書かれていたのは、「死傷者を出さない形で中国を統一するんだ」と。さらには人の命だけではなく、インフラストラクチャーや社会にもダメージを与えない形でうまく統一する、と。私はこの本に基づいて台湾併合のシナリオをつくりました。

  キャノングローバル戦略研究所で私のシナリオをベースにしてグレーゾーンのシミュレーションをこれまでに2回やりました。閣僚経験者を含む国会議員や官僚らを集めて、台湾チーム、日本チーム、アメリカチームに分かれて実施しました。私はコントローラーと中国チームを兼務しました。皆さんは対応に苦慮しており、このシナリオを打破するのは難しいという結論でした。どういうことかと言いますと、中国軍が軍艦を使って海上封鎖を実施したら、戦争行為になります。そうなったら米軍の力で圧倒すればいいんです。

 しかし、中国海軍ではなくて政府の船が「中国国内の臨検」という名目で台湾周辺を「封鎖」したらどうでしょうか。中国は「一つの中国原則」を主張しているので、台湾の領海も自国の領海だとみなしています。もし中国政府の船を米軍が撃破したら先制攻撃になってしまいます。アメリカ側も簡単には、中国による「封鎖」を打破できません。

 今年になって2度アメリカに行って当局者らと議論しましたが、有効な対抗手段を打ちだした人はまだいません。なので、アメリカが対策ができてない今こそ中国がこのシナリオで動き出す可能性があると思っています。

(カファト): 元陸上自衛隊の西部方面の総監である本松敬史氏の指摘ですが、「台湾有事は日本の有事」という有名な発言は二つの意味を持っている、と。台湾では「何か起きたら日本も動き出してくれるだろう」との解釈です。一方、日本では「台湾有事になったら日本も大変だ。どうやってダメージを最小限に抑えるか」という違う解釈になっているようです。自衛隊が直接に助けに行くことが考えられますか。それとも米軍を支援しますか。

(峯村): 安倍元総理が2021年に言ったこの「台湾有事は日本の有事」のコピーライトの半分は私なんです。実は安倍総理が個人的に外交もしくは米中関係について助言をしていました。その中で私のシナリオやこの封鎖モデルを地図で見せながら、台湾有事がいかに日本のシーレーンに影響を及ぼすかを説明しました。すると安倍さんは「まさに台湾有事は日本の有事なんですね」と言いながら赤ペンでメモを記しました。その言葉はそこから始まったのです。

 この時の安倍さんは、「やはり有事が起きたら完全に日本のロジスティックとかサプライチェーンとかも巻き込まれるよ」と感じたのだと思います。

中国政府は軍の船ではなく、政府の船で海上臨検を行い始めています。要するに、台湾が自分の領土であるという「一つの中国の原則」に基づいて法律執行を行なっています。

峯村健司教授

 その後台湾のシンクタンクの講演で、安倍さんがその発言したので、一気に世界で注目されることになりました。安倍さんはご自分で「それに、日米同盟の有事」と付け加えました。このため、いざという時は自衛隊も米軍と一緒に行くんだ、というナラティブが広まったのでしょう。もともと私がご助言した時はあくまでも「シーレーンの件で日本も巻き込まれる、だから人事じゃないんですよ」と強調しました。安倍さんもそのあたりは十分理解していたと思います。

 一方、この安倍さんの言葉が台湾の人々に過度な期待を与えた部分もあったと思います。実際に台湾の世論調査を見ると、例えば58%の人が「台湾有事が起きた時に日本の自衛隊が派遣してくれるだろう」と答えている。「米軍とどっちが来てくれる?」になると、米軍よりも自衛隊と答える人の方が多いのです。私も台湾の人たちと議論すると日本に対する期待が非常に大きいと感じます。ただ、日本の憲法の制約で自衛隊が米軍と一緒に台湾周辺で戦うことはかなり難しい。自衛隊の大事な役割としては、ロジスティックをまずやること、日本と米軍基地をしっかり守ることです。

 このあたりの事実を日本政府も台湾の人々にしっかりと説明しておく必要があると思います。そうしないと、もし有事が起きた際に自衛隊が参戦しなかった場合に台湾の人々が日本に失望を抱くことにつながります。日本と台湾が普段から連携してコミュニケーションをとる必要があると思います。

 つい最近まで日本では「台湾有事」という言葉はタブーでした。私が2020年に月刊誌「文藝春秋」に台湾有事のシナリオを発表しました。この内容をテレビ番組でも解説したところ、「危機を煽っている」など批判を浴びました。

 自民党とか政府の部会に呼ばれて話しても「『台湾有事』ってセンスティブな言葉なので使わないでください」と言われたりしました。タブーじゃなくなってきたのがこの3、 4年だけで、みんなまだ準備が十分にできていないのが現状なのです。

(カファト): タブーでなくなったというのは、日本人が安全保障における自分の国の役割について意識が変わりつつあるという象徴ですか。

(峯村): そうです。最初そのタブーを壊したのが安倍総理の「台湾有事は日本の有事」という発言でした。米海軍のデービドソン大将が2021年に公聴会で台湾について発言し、ワシントンで危機意識が高まったのと同じようなインパクトが日本ではありました。

 もう一つをいうと、2022年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻です。これがやはり大きかったです。日本人にとって、戦争が現実のものであることを再認識したのです。ウクライナーにおける凄惨な映像などを見て、「戦争ってリアルなんだ」と日本人も実感したのです。その2つの段階を経て、今大きく日本人の危機意識及びその台湾有事に対する意識が高まったと思います。

(カファト): 4月の米日首脳会談の共同声明には米軍と日本自衛隊の指揮統制を強化する内容が含まれていました。本当に実現できましたら今までの「自衛隊が盾、米軍が矛」というパラダイムがシフトしていくと思いますか。

(峯村): これは日米同盟の深化の観点から評価しています。基本的に「盾と矛」の関係が変わらないと思っていますが、関係が密接になることを期待しています。その形と今まででいうと、例えば2011年の3.11で、東日本大震災のとき臨時で、日米の総合指揮所ができましたが、普段はありません。中国の急速な軍備増強に対抗するためには日米の連携強化が不可欠です。

 あと、この間の首脳会談で見落とされがちですが、フィリピンとの三ヵ国首脳会談を開いたことが重要です。台湾有事が起きた時に台湾海峡が注目されますが、実はもう一つ重要なシーレーンはバシー海峡です。ここが崩れてしまうと日本の物流にも深刻な影響が出ます。ですので、日本、アメリカ、フィリピンがしっかりと三カ国参で連携したというのはものすごく大きいと思います。

 中国を抑止する上でもこのフィリピンが入ることが大事です。米国と日本だけだと線で抑えるんですが、フィリピンが入って、オーストラリアも入ることで、面で抑止できるようになります。中国の抑止には極めて有効です。

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(インタビューのPart 1はここまでです。Part 1の英訳も あります。日本語のPart 2も紹介します。)

3 responses to “峯村健司教授とのインタビュー 台湾有事のシナリオ(1/2)”

  1. […] 前回のPart 1のインタビューに峯村先生がパートナー国との連携が重要であると説明していました。その話の続きは下記にあります。(日本語インタビューのビデオもあります↓。) […]

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  2. […] 前回のPart 1のインタビューに峯村先生がパートナー国との連携が重要であると説明していました。その話の続きは下記にあります。(日本語インタビューのビデオもあります↓。) […]

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  3. […] concludes Part 1 of the interview. The original Japanese transcript is here. Next week we will post Part […]

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