千々和泰明准教授はインタビューで下記のテーマについて話されます。
- アメリカに対する日本の友情とは
- 日米間の太平洋戦争時代の傷は「色濃く残っている」
- 基地負担や安保条約について米側には「誤解あり」
- 日本もより積極的に安全保障役割を拡大
- 「アジア版のNATO」よりミニラテラリズムを
(インタビュー原稿の英語版は作成中。)
千々和泰明(ちぢわ・やすあき)氏のプロフィール
千々和先生は、広島大学の法学部で政治学を専攻し、大阪大学大学院の国際公共政策研究科で政策の研究を始めました。2004年に渡米し、ワシントンD.C.にあるジョージ・ワシントン大学のエリオット国際関係大学院にてシグール・アジア研究センターに留学し、帰国してから博士号を取得しました。
研究を続けながら関西外国語大学の外国語学部で教鞭をとり、防衛省の防衛研究所で戦争の歴史の教官を務め、内閣官房副長官補付で特に安全保障と危機管理の仕事にも携わりました。
2009年〜2026年まで防衛研究所に勤務し、2026年から日本大学の国際関係学部の准教授を務めていらっしゃいます。 数多くの本と論文、エッセイも書かれています。「誰が日本を降伏させたか」、「日米同盟の地政学」、「高市版『安保3文書』は何を目指すのか」、冷戦末期の防衛力整備」、「太平洋戦争終結と戦後日米同盟」等が挙げられます。外国メディアにも取材されます。
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(カファト):日本大学の新しいポジションへの就任おめでとうございます!
(千々和): ありがとうございます。
(カファト):2025年までの日米安全保障関係はどのような背景でどのような特徴を持っていましたか。
(千々和): 1951年に日米安全保障条約が結ばれてから安全保障関係が始まるわけですけれども、条約の特徴は、「モノ」と「ヒト」との協力というふうに言われるわけですね。
「モノ」とは、日本がアメリカに対して提供する基地のことで、「ヒト」はアメリカが日本を防衛するため米兵を提供することを意味しています。日本がアメリカに基地を提供し、アメリカが日本に米兵を提供する、「モノとヒト」との協力という枠組みになっているわけです。
ただ、この日米安全保障条約が結ばれた1951年の段階では、条約は「日本のためになるものだ」という位置づけだったのです。つまり、日米お互いのためになるという意味で互恵性があるということではなく、日本のためのものなので、日本がアメリカに基地提供義務を負うわけです。それに対応してアメリカが日本防衛義務を負う、ということは安保条約上はなかったということでした。
そうしますと、互恵性がないと日本のためのものなので、双務性もないと。日本から見れば「この条約はアメリカのためにもなっているのに双務性がないと、だから対等ではない」という不満がくすぶっていました。
日本側の不満を解消することになったのが、1960年の安保条約の改定です。安保条約の改定によって、この条約は日本のためでもあるし、アメリカのためでもあると互恵性があるということを認めました。当然、双務的に義務を負わらなければいけないということで、日本の「モノ」の提供に対して、アメリカの「ヒト」、つまり日本防衛を義務と明記したということになったわけです。
その日米の対等性というものを確保したというわけです。ただし、双務性の内容というのは、「モノ」と「ヒト」という非対称的なものなのです。「モノ」と「モノ」ではなく、あるいは「ヒト」と「ヒト」ではなく、「モノ」と「ヒト」ということでした。この非対称性自体は安保改定でも変わっていない。今日まで続いているという状況です。
この関係性は、実は1960年という時代の「バランスシート」であるということでした。当然、その後の国際情勢の変化とか、日本自身のその中での立場の変化があります。ですので、それに合わせて日本がこのバランスシートを修正してきたというのが、その後の安保条約の歴史と言えるのではないかと思っています。
例えば、冷戦後の1999年の「周辺事態法」の制定があります。最近では「重要影響事態」というふうに変わりましたけれども事態において、日本が米軍を支援する枠組みです。あるいは第二次安倍政権下、2015年に「平和安全法制」の制定も挙げられます。そして限定的ですけれども、集団的自衛権の行使というものを日本が認めることになリました。
あるいは最近ですと、2022年岸田政権の国家安全保障戦略、以下「安保三文書」の改定もありました。こういったものも含めて非対称性の中で、1960年の時点のバランスシートを調整してきたことが明確です。これは1960年から今までの日米安保条約の歴史であったと捉えています。
(カファト):言い換えてみれば互恵性が時間系列で増していく、より対等な関係になったというイメージですか。
(千々和):対等性自体は1960年に確保されたのですが、その後の日本が安全保障分野で求められる役割が大きくなってきているわけです。「1960年のままではまずい」ということで、それプラスアルファ日本がどういうことをできるのか追求してきたと思います。
(トランプ大統領の日米同盟史理解について)
千々和泰明氏
単純に… 「対称性がないと片務的である」というふうに理解をしているのではないか。
(カファト):最近の日米安保協力と安保条約の体制はどう変わってきていると思いますか。トランプ政権の下で日本との安保条約が機能できると思いますか。
(千々和):トランプ政権の日米同盟観というものを考える必要があります。トランプ大統領は政権一期目の2019年にフォックス・ビジネス・テレビのインタビューで「日本が攻撃されれば、米国は第三次世界大戦を戦う。私たちは、いかなる犠牲を払ってでも日本を守る。だが、米国が攻撃されても日本人は、それをソニー製のテレビで見ていればいいのだ」と言ったわけです。
これは実は政権二期目においてもトランプ大統領は日米同盟に対する不満を口にしました。約一年前ですが、記者会見で「米国は日本を防衛しなければならないが、日本は我々を守る義務は無い」と言っているわけです。確かに「モノ」と「ヒト」との協力という非対称的な関係ではあります。しかし、互恵性を認め、双務性について調整し、そして非対称的な中で対等性を確保してきたという歴史があります。

だが、トランプ大統領は、おそらくその歴史的な経緯を丁寧に理解した上でではなくて、単純に「対称性がないと片務的である」というふうに理解をしているのではないかと推察されます。
つまり、アメリカが日本に一方的に利用されているという見方につながるのです。これはトランプ政権の日米同盟以外の同盟も含めた同盟観とも共通していると思います。同盟国をアメリカの資産というよりかは負担とみなすという見方だと思います。
そうした見方に裏打ちをされています。とすると、この「非対称的だから片務的だ」と短絡的に考えてしまうということになると、これはかつてこの条約は「日本のためであってアメリカのためのものではない」と見ていた1960年以前の旧条約への回帰につながりかねないという問題をはらんでいると思います。
もし誤解があるとすれば、この条約と同盟というのはもちろん日本のためでもあるわけですけれども、アメリカにとって戦略的価値を持つものだと、アメリカの国益にも日米安全保障協力の強化が合致しているんだということを、トランプ政権に丁寧に説明していく必要があるというふうに思います。
で、そのことに説得力を持たせるためには、日本自身が防衛について、より自主的、あるいは主体的な取り組みをしていく必要があります。例えば、中国の覇権主義的な動きということで、日本を取り巻く安全保障環境が非常に厳しさを増す中で、まさに日米同盟の実効性を確保していくことにしっかりと取り組んでいく必要があると思います。
(カファト):トランプ政権あるいはトランプ大統領本人の同盟関係についての解釈は、1960年以前の条約と同じであるように聞こえます。ご自分の研究の中では、在日米軍の関係者もこのような同盟観を持っていると思いますか。
(千々和):私の印象は日米安全保障関係には自衛官、米軍人、政府関係者、民間人も含めて様々な人的ネットワークの上で構成されているわけですけれども、全体がトランプ大統領と同じような認識を持ってるかというと、必ずしもそうではないのではないかということです。トランプ政権の特有の同盟観だとは思います。
しかし、アメリカ国内では日米安全保障のネットワークに関わってない人の方が多いわけで、そうした人々が「アメリカが世界の問題に過剰に関与してきたのだ」と、それによって「私たちの暮らしが貧しくなっているんだ」というような不満があって、その不満を掬い上げてトランプ政権があるということです。ですので、その不満はトランプ政権の支持基盤となっているような空気がアメリカ国内にあることは、認識しておく必要があると思います。
(カファト):日本外務省のトランプ大統領に対する外交的な戦略は「とにかく機嫌を取りましょう」に見えます。それが日本政府にとって短期的に良い選択肢であっても、長期的な政策としては持続可能でしょうか。
(千々和):日本にとって厳しい安全保障環境の中で日米同盟の実効性をしっかり確保していくことが重要だというのが出発点になると思います。日本政府として、様々な働きかけをアメリカに対して行なっていると思います。その中で、これは外交ですから相手側のキャラクターを踏まえた対応をしていく必要は当然あるわけです。トランプ大統領は特異なキャラクターですので、慎重に対応する必要があると思います。
不必要に摩擦を起こす必要はないし、トランプ大統領のキャラクターに考慮した上で慎重に対応していくというのは、日本の安全保障に責任を負う日本政府の対応としては当然のことだと見ております。
トランプ大統領のような特異なキャラクターを持った大統領との付き合い方ということですけれども、その特異性がアメリカの政治外交において一時的な逸脱なのか、それとも長期的にトランプ的な外交、政治というものが長期にわたって、持続していくのかも見極めないといけないと思います。
トランプ的な外交なり政治が長期にわたって続いていくのであれば、日本がアメリカの友人なわけですから、長年同盟関係として結束を示してきた友人として国際秩序にとって責任のあるリーダーとしてのアメリカ、そして、日本と自由や民主主義、法の支配といった様々な価値観を共有する同盟国であるという立場に、常に友人として助言し、誘導していくことが大事と思っております。
(カファト):一つのキーワードが「友人」ということですね。友情というのは、友達であるからこそ耳が痛いことでも言えるという特徴もあると思われます。
トランプ政権のイランに対する攻撃が国際法上どうかというと、国際法違反の疑いが相当濃厚だ。
千々和泰明氏
(カファト):日本政府はウクライナへの侵略を明確に批判しました。一方米国のイラン攻撃を明確に批判していません。世の中には「これは矛盾している」と思う人は少なくありません。これで日本が維持しようとするルールに基づいた国際秩序の概念に相容れない姿勢ではないかと思う人もいます。
(千々和):ご質問は非常に重要です。ロシアのウクライナ侵攻と異なっている側面があります。イランの核開発という問題はあります。核不拡散という観点からは、イランの核開発は国際社会の安定を脅かすものだということです。ですので、ウクライナの場合とイランが全く同じかというと、必ずしもそうではないのです。
ただ、だからといってトランプ政権のイランに対する攻撃が国際法上どうかというと、それは国際法違反の疑いが相当濃厚だということだと思います。国際法遵守は2022年の日本の安保三文書の中でも「国際法遵守は、まさに日本の国益である」というふうに位置づけられています。国際法に基づく国際秩序を維持、擁護することは日本の国益であると位置づけられています。まさに国際秩序が乱れていくことは、日本の国益を脅かすことになります。
そうした中で、トランプ政権のイラン攻撃が行われたのです。で、これに対して日本政府は法的評価を控えると言っています。もちろん、これに対しては日本政府の立場については、様々な議論があります。
ただ、日本の安全保障環境とか、日米同盟の実効性を確保するということがこれまで以上に重要になってきているので、日本が法的評価を控えることは、同盟国としては最大限慎重な立場を取っているのではないかなと私は見ています。

で、「友人だから耳に痛いことも言わなければいけない」、確かにそうだと思いますが、聞いてもらわないと、怒らせてしまうと、元も子もないということになってしまうのです。
国際法遵守、それに基づく国際秩序の維持、擁護というのが日本の国益である以上、長期的にアメリカがそこに回帰していくように、日本は友人として誘導していくことが大事になってくると思います。
逆に言いますと、トランプ政権以前のアメリカはすごく立派な国だったかというと、大変失礼ですけれども、必ずしもそうではなく、様々な過ちを犯してきた場面もあったと思います。例えば、ベトナム戦争あるいはイラク戦争などが挙げられます。イラク戦争が大量破壊兵器を保有しているとの前提で始めたけれども、実際にはそうではなかったのです。
自由民主主義、法の支配を擁護する、その共通の価値観を持つパートナーであるという面もありました。ただ、常にアメリカが間違いなくすべてうまくやってきた、ということでもなかったわけです。ベトナム戦争なりイラク戦争ということがある中でも、日本はアメリカとの関係については慎重に間合いを測りながら対応してきたという歴史もあります。
国際法重視という立場は日本としては揺るがないものです。しかし、時には過ちを犯すアメリカを友人として国際法遵守、国際秩序の維持という方向に常に誘導していくという役割を果たしていくということが大事ではないかと思っています。
(カファト):イラク戦争時代のブッシュ政権が「我々と一緒に団結しないと味方じゃなくて敵として取り扱う」というような発言をしました(Either you are with us, or you are with the terrorists)。例えば今は「日本はどちらですか?国際社会の秩序の味方なのか?それとも国際法に違反するアメリカの味方なのか?白か黒か、どっち?」と聞かれたら日本はどう答えると思いますか。
(千々和):白か黒か決着をつけるということになると、争いの火種になっていくわけです。なかなか両立し難いものをどうやって両立をさせていくのか、黒をどうやってグレーに近づけていくのか、やがてこう白にすると、こういうことを時間をかけて調整して行なっていく。それが国内政治においてもそうだと思いますし、国際政治ではさらにそういった姿勢が問われるでしょう。
イラク戦争を振り返りますと、当時のアメリカはユニラテラリズムで国連はむしろ足手まといであって、アメリカが単独主義的に、アメリカになびく国との有志連合だけでテロとの戦いという文脈で軍事力を行使していく風潮がありました。その中で日本は国連という枠組みで国連決議という正当性を常にアメリカが気にかけるように働きかけてきたという歴史もあります。
ですので、過去の日米外交の歴史も踏まえて、そういった調整が重要になってくるではないかと思っております。
(日米間で)太平洋戦争の傷は現在でも色濃く残っていると思います。
千々和泰明氏
(カファト):日米関係ですが、太平洋戦争時代の遺産がまだ残っているではないかという印象が払拭できません。原爆投下、あるいは真珠湾攻撃など、それぞれの関係者からみれば許し難い出来事です。傷がまだ治っていないところがあると思われます。これについてのお考えはいかがでしょうか。
(千々和):そうですね、太平洋戦争の傷は現在でも色濃く残っていると思います。例えば最近でも原爆でいうと、映画の「バービー」と「オッペンハイマー」ですけれども、くっつけて茶化すような画像が出ました。それがSNSに流れて映画の配給会社が好意的な反応を示す、という出来事がありました。
これに対して日本側から非常に強い反発が起こりました。これはごく最近の出来事ですけれども、現代でも原爆の捉え方にしても、日本とアメリカの間ではギャップがあると、示している事件だったと思います。
トランプ大統領自身も原爆投下に言及することがありました。例えば去年のイランとの12日間戦争でイランを攻撃したことに対して広島、長崎への原爆の使用ということを引き合いに出して、「戦争を終わらせるためには、こんなことをやるのも必要なんだ」というようなことを安易に引用することもありました。
アメリカ側の一部に見られる原爆観は、日本にとっては受け入れ難いものです。今のアメリカ世論の50%以上は原爆投下は正当だった、と。若い世代でちょっと変化があると言われていますけれども、基本的に大きな傾向としては変わっていません。これに対して、日本側は八割以上の人が原爆投下は正当ではなかったと答えているわけで、ギャップは現に存在をしています。そして時折さっき言っていた「バービー」と「オッペンハイマー」の出来事とか、トランプ大統領の発言などに日米のギャップが浮き彫りになることもあります。
一方、これはアメリカ側だけの問題ではなくて、日本側もアメリカは戦争終結の手段ではなくて、陰謀論のような形で「米国はどうしても原爆を使いたかったんだ」というような議論も日本側でもなされています。そうしますと、ますます日米の間のギャップがそれぞれのイメージとか思い込みによって広がっていく危険はあるわけです。
そこは史実に基づいて冷静な議論を、あるいは冷静な対話を続けていく必要があると思っています。ギャップがありながらも、共通する部分も日米の間ではあるわけです。共通する部分をしっかりと維持して広げていくことは大事であろうと思っています。
それは2016年のオバマ大統領の広島訪問があり、大きな節目になったと思います。原爆の使用は正当だとするアメリカ人はいます。特に退役軍人のグループとかですね、そういった見方が根強い中で、オバマ大統領が広島に行くことになりました。アメリカが原爆の使用を巡って謝罪をすることは絶対に許されないという立場の人たちがアメリカ国内には、一定の影響力を持っている。当然オバマ大統領の広島訪問というのは、オバマ政権にとってもリスクがある行動でした。
(アメリカ人に)広島の平和記念公園を訪れていただきたい。
千々和泰明氏
にもかかわらず、オバマ大統領は広島に行ったことについては、日本国内では非常に高い評価を得ているわけです。一方、日本側も原爆についてアメリカに対して謝罪を求めるのかというと、謝罪を求めるというよりかは、核なき世界に向けて協力していくんだということは、安倍政権時代の政府答弁書に示された日本政府の立場です。
ですから、アメリカとしても大統領自身がアメリカ国内から批判されるリスクを引き受けて広島に行った。それから日本側もアメリカに謝罪を必ずしも求めるものではないということで、お互いに過去の傷は消えないわけですけれども、その中でより未来志向の日米関係を作っていこうという取り組みがあるわけです。
その後の2023年に広島G7サミットがありまして、当時の岸田首相は被爆地の広島出身ということで、バイデン大統領とG7諸国のメンバーを招きました。旧連合国と旧枢軸国で、かつての敵味方の首脳が集まって、広島原爆慰霊碑の前で並び立つことになりました。そこにロシアから核の威嚇をまさに現在受けているウクライナのゼレンスキー大統領も来るということでした。
核の威嚇によって現状を変更していくと、核を積極的な手段として活用していくことは許されない、というメッセージを日米含めてG7として、さらにはゼレンスキー大統領も含めて広島から世界に発信したわけですよ。この意味というのは相当大きなものがあったのではないかと見ております。
(カファト):そういった傷が完全に治らないと思っても、より良い関係を作り、傷の癒やしができるためにどのような有効的な手段があると思いますか。
(千々和):日本人の立場から言いますと、先ほど日本政府の立場として謝罪を求めないということでしたが、謝罪とかではなくて、例えば被爆地を訪問してもらって、被爆がどのようなものであったのかを知ってもらいたいです。
平和記念公園や原爆資料館に行ってもらう、と。私も最近行きましたけれども、たくさんの外国の方が訪問されているんです。それは被団協がノーベル平和賞を受賞した直後の時期でもあったからかもしれません。被爆というものが、どういうものだったのかまず知っていただきたいです。
それで「謝罪してください」ということではなくて、まず、この実相がどういったものだったのかということを見てもらう。ぜひアメリカの方には機会があれば、広島の平和記念公園を訪れていただきたい、日本人の立場から思っております。
アメリカの日本に対する防衛コミットメントは日本のためでももちろんあるが、アメリカのためにもなっているのです… そこに誤解があります。
千々和泰明氏
(カファト):安全保障政策を担当するアメリカ人に、あるいは「在日米軍基地ってアメリカの国益ではない」、「日本はただ乗りしている」など発言するアメリカ人に直接に本音を語る機会が与えられたら何を言うと思いますか。
(千々和):このグローバル化した社会の中で、アメリカ自身が世界とのつながりをしっかり持つことは、アメリカにとっての国益にもなってくることを再確認することが大事だと思います。アメリカの日本に対する防衛コミットメントは、日本のためでももちろんありますが、アメリカのためにもなっているんだということです。
日本は「ただ乗り」とよく言われるわけですけれども、これは難しいところです。「モノとヒト」との協力ですので、日本は「モノ」を提供することになっています。そうすると、アメリカからすると「こちらはヒトを出して日本有事の時に米兵が犠牲になるかもしれないのに」という不満があるようです。だからトランプ大統領の不満にも通じます。
トランプ大統領の発言が全く間違ってはいないわけですよね。ヒトを出す側からの不満ということをトランプ大統領は代弁しているのかもしれません。ただし、そこに誤解があります。この「モノ」を提供する義務というのもやはり大きな負担です。日本は沖縄を中心に、米軍基地を引き受けています。その負担は環境問題であったり、騒音問題だったり、場合によっては米兵による事件、事故というのも起こっています。日本はこういう基地負担を担ってきているのです。
それから、財政負担もそれに関連して行なってきています。「同盟強靭化予算」と申しますけれども、2000億円の予算を投じているということもあります。
さらに、そのモノの提供だけではなくて、先ほどの1960年以来のバランスシートの調整も行なっています。例えば「周辺事態」、「重要影響事態」において、自衛隊は米軍あるいは米軍以外の外国軍も含めて後方支援をやっていくのです。
あるいは安倍政権時代の平和安全法制によって存立危機事態における集団的自衛権の行使ということもやる、と。日本はその調整を絶えずやっています。さらには、2022年の安保三文書で反撃能力の保有ということになりました。あるいは防衛予算もこれまで1%程度にとどめてきたわけですけれども、それを2%とし、五年間で43兆円という負担もしっかりとやっていくんだということです。
安保三文書ということで言うと、まさにこの三文書改定を一年前倒しし、今年2026年中に改定を進めていくことになっています。高市政権のもとで今その作業が加速していると、先日も安保三文書に提言を行う有識者会議が官邸で開かれました。この中で新しい戦い方を踏まえて、ウクライナで見られるような無人アセットとミサイルの組み合わせのような戦い方など、教訓として得ながら長期戦にどう備えるのかとか話しています。そのための防衛基盤の整備です。
もちろん反撃能力の保有もそうですし、ミサイル防衛の強化もそうです。それから伝統的な陸海空の領域ではなかなか中国側の優位を覆せないかもしれないということで、伝統的な領域における劣勢を克服することも大事です。
それは宇宙、サイバー、電磁波とかいわゆる新境域を含めた領域横断作戦を通じて劣勢を克服していく。そういう観点から、安保三文書の改定作業も進められています。よりこの防衛安全保障分野において日本が自主性、主体性を高めていく、という取り組みをしています。ですから、そういう取り組みについてもアメリカの皆さんにしっかりと理解していただければなと考えております。
(カファト):日本はずっと平和主義の国で、「積極的な平和主義」へのシフトもありました。それに「矛と盾」の関係が急に変わりつつあるという印象です。
(千々和):平和主義は日本自身が国際平和に脅威を与えた、それが、第二次世界大戦だったというふうに捉えられてきました。おそらくそれが事実なんですけれども、反動として、日本自身がじっと軍事的にはおとなしくしておくことが世界平和にとってプラスになるんだと考えられてきた。これは第二次世界大戦直後のような情勢の中では、自然なことだったのかもしれません。
しかし、今その後の時代、あるいは国際環境自体が大きく変化しましたので、今まさに積極的平和主義という日本自身が積極的に働きかけをしていかないとこれまでの国際秩序がなかなか維持できなくなってきている。地域の安全保障がなかなか維持できなくなってきている。この現実を踏まえた上でのまさに新たな形での平和主義ということではないかなと思っております。
(アジア版のNATOについて)
千々和泰明氏
「相互防衛」をアジア地域に拡大するのは非常に調整が難しいと思います。
(カファト):アジア版のNATOと提言する人もいます。それは現実性があると思いますか。日米同盟を中心とした日本防衛にとって代替案として考えられますか。それともリアリティが欠如していますか。
(千々和):具体的にはいかなる仕組みが考えられているのかにもよると思います。ですけどそのまま北大西洋条約の五条と全く同じもの、つまり「相互防衛」をアジア地域に拡大するのは非常に調整が難しいと思います。
一方でアジア太平洋においてはNATOではなくてハブ・アンド・スポークス、つまりアメリカをハブとする、そこから自転車の車輪のように放射状に二国間の同盟が成り立っているという状況です。日米、米韓、米比とか、場合によって三国の連携も、米豪NZですと、というものがあります。しかし、近年はその横のところ、日米豪であったり、日米韓であったり、日米比など、こういう安全保障協力が進んでいます。日米豪印も含めたクワッドもあります。
あるいは日米韓でいうと、キャンプ・デイビッド精神ということで、バイデン政権、岸田政権、ユン政権の間での安全保障協力の取り組みが強化されました。そして日米比ということでは、自衛隊とフィリピン軍の間の円滑化協定もできました。
横のつながりも強化をされていっている。これは「ミニラテラリズム」と言われています。このミニラテラリズムを通じて既存の同盟、ハブ・アンド・スポークス型の日米同盟を含む同盟関係を補完していくと、それによってアメリカの同盟ネットワーク自体を強化していくという取り組みが進んできています。
日本でも安保三文書の中で同志国との連携を強化することをうたっています。その取り組みがますます重要になってくると思います。
このことは、最近、高市政権が閣議決定した防衛装備移転三原則及び運用指針の見直しということにも見られています。装備品移転を通じた国内の防衛基盤の確立のみならず、同志国との装備品協力を強化していくことを通じて、同志国との連携、ミニラテラリズムを強化していくということも大きな狙いであろうかと思っています。
(カファト):本日お越しいただき、誠にありがとうございました。
(千々和):ありがとうございました。
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The Japan Lensは千々和泰明氏に深く感謝しております。先生の経歴へのアクセスはこちらです。
Photos 1〜3: 本サイトのインタビューに応じた千々和泰明氏(26年4月29日)。
なお、このインタビューの作成にあたってAIや機械翻訳ソフトなど一切利用していません。


